イリーガル・マインド ・10・
「あ~、満腹満腹」
グレイスが大声でそういうと、店のドアを押しやって開けた。
クロムはそれをいささか冷ややかな目で見やる。
「…クロム、」
ユイトの控えめな掛け声に、クロムはその瞳を向ける。
「なんだよ」
「…君はこれからどうするんだい?」
取り繕うように、けれど決して媚びるそぶりは見せずに、ユイトはクロムに訊ねる。
クロムはとりあえず警戒を解いてそれに答えた。
「そうだな…また稼ぎにでも行くかな」
「ストリートファイト?」
「それしか食い扶持ないからな」
なら、とユイトが口を開きそうになるのを待たずに、クロムはアイリスを見やった。
「アイリス、お前はどうするんだ?俺に会いに来て、もう用事は終わったろ?早く安全な家に帰れよ」
突然のクロムの言葉に、アイリスは目を丸くして抗議する。
「えええ!?もう帰んなきゃダメなの!?いいじゃんクロム~!もっと遊ぼうよ~!」
アイリスはいやいやと頭を振ってクロムの手を掴んだ。
その肩に、グレイスの手が伸びる。
「な~んだアイリスちゃん、そんなことなら俺が相手してやるぜ?」
「スケボーは?乗せてくれるんじゃなかったの?」
「俺はスケボーは苦手だな…」
「後ろに乗せて、見たいところどこでも連れてってくれるって言ったじゃない」
「いつそんな話したんだクロム!」
「ねえクロム~!」
「グレイス…いい加減諦めなよ」
「くッ…なかなかつかめない子だ…」
脱力したグレイスの肩に、ユイトが手を乗せる。
とその時、いつの間にかアイリスに首根っこをつかまれ、がくがくと揺さぶられていたクロムは突如大声をあげた。
「ああああ!思い出した!!そういや俺、いまスケボー調整に出してて…取りに行かなきゃならないんだった…」
その声に、やっとアイリスの手が止まる。
「この辺に、技工士なんていないだろ?どこに頼んできたんだい?」
ユイトが訊いてくるので、クロムも条件反射のように答える。
「ああ、ノームベリーにいい腕の店があって…」
ノームベリーとは、ホワイトバレイから二街越えた所にある、職人の街として有名な場所だ。
「ノームベリーか。結構遠いね…」
「はいはいはーい!私も一緒に行きたいでーす!」
アイリスが手を上げて声を上げる。
「え!?いや俺はいいけど…遠いよ?一晩かかるけどそれでもいいのか?帰ったほうが…」
「いいの!連れてってよクロム~」
「…まあ、いいけど…」
ごにょごにょと口の中で呟きをもらすクロムに、グレイスが声をかける。
「じゃあ、俺たちも一緒に行くから」
「あぁ!?何でだよ!!」
「女の子と二人っきりになんてさせるかよ!」
「なんだそれ、お前頭腐ってるよ!」
「なーんとでも言え!ついてくからな!」
強引な決定により、グレイスはクロムの首を掴んで引きずるように歩き出す。
クロムは、それになんとなく反論できないまま、仕方なくされるがままについて行く。
街に着くのは、もっと遅くなるかもしれない。
そんな暢気なことを考えながら。
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