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2005/08/11

唖然呆然。

……や、やっとレポートが終わりました…
終わったといってもまだ三つ残ってますが。
疲れた…

その疲れた身体を引きずって、高校時代弓道部で一緒だった友達と遊びに行ってきました。
新しく出来たお店でちょっとお酒を飲んで食事して、最終的にカラオケに落ち着くw

明日も友人にあう予定だったのですがその友人が授賞式に出なきゃいけないということで遊べなくなりました。
忙しそうだなあ。
ちょっと残念ですがいずれまた遊びますー。

で、明日休むって言っちゃったけどサークルに顔出そうかしら。
でもなんか父上の車がバッテリーあがっちゃったから修理に出すのに手伝わされそうな予感。

それからレポート残りも早めに片付けてしまわなければ…


話は変わって、レポートといえば。
今日のレポートの課題本の中で、作文コンクールに出す作品には先生がかなり手を加えたものを出すので、子どもたちは文章表現が嫌いになる、といったようなことが書いてあったのですが、私もそんな経験をしたことがあります。

高校時代に私は読書感想文の入賞(学校内での賞ですが)を貰いました。
で、(校内の)優秀な作品は文集みたいな形にされて渡されていたのですが。
賞をとった人間は、その感想文の手直しが必須でした。

高1の時に書いたのは、「チーズはどこへ消えた?」についてでした。
選んだ理由は薄かったから(笑)
夏休み最終日に書き始め(ていうか読んだ本さえない)時に、楽かな、と思って選んだものです。

自慢じゃないですがうちの高校で読書感想文真面目に書いていた人は極少数だと思います。
(本当に自慢じゃねーな)

その真面目に書いた人が少ない中で選ばれても、なんていうか微妙な気分だったのですが、まあ図書券とかもらえたので(笑)

でも、その文集を作るための手直しの時、私はすーごく嫌な気分になったのでした。
なぜなら、私の書きたかったことを直されるならまだしも、書きたくなかったことを書かされたのですから。

読書感想文って、かなり不毛な文章だと思います。
本を読んだ感想なんて、「あー面白かった」とか、そんなものでいいんだと思います。
数を読めば、感動する作品もあるだろうし、駄作だと思うものだってあるわけです。
でもそれは、その人自身が理解していれば十分なわけであって、無理矢理「感動した」という文章を書かなければいけないのはすごく苦痛です。

大体、本を読んだからといって、そう簡単に人生変わるわけないじゃないですか。
「つまんなかった」という感想文でも、評価されるんならいくらでも書けますけどね!!
結局、感想文って、読み手側に受けるかどうかを考えながら書く文章だと思います。
文章で生計を立てる作家であればその性質は必要なものでしょうが、書くのは子どもです。
子どもに求めるのは、如何に自由な感性でもって、豊かな表現が出来るか、ということなんではないでしょうか?

私は、自分の見方が変わった、とか、こういうことを経験したことがある、とかは書きたくなかったんです。
(だってそんなに深く考えるような内容じゃなかったし、変わったわけじゃなかったし)
書かなきゃ選ばれないだろうと予想していたのに!!!(選ばれるつもりなんて毛頭なかった)
なんでか選ばれちゃったんですねえ。図書券は嬉しかったけど(笑)

つまり、直しの時点で、その書きたくなかったことを書け、と言われたんです。

先生はこの内容を読んだこともないくせにやたら変な表現を使わせたがったし。
(「賞味期限」なんていう言葉は内容には全然出てきてなかったのに使わせられた)
(この場合チーズの賞味期限は考えない内容だと思うんですが)
(読んだことない人にすごい不親切な説明)
(いや読んだ人もきっとわからないw)

とにかく、全部気に喰わなかった。
こんなに直させるなら選ぶなよ!!と思ってました。
だって、構成も書きたかったことも、全く私の意志とは違うものが出来てしまったんですから。

私がいくら
「こう書いた理由はこう思ったからなんです」
と訴えても、
「でも一応書いてきてみて」
と、いなされてしまいました。

多分先生側からしてみても、うっとうしい生徒だったと思います。
でも、私は一応物書きの端くれ(だと勝手に思ってる)なので、自分の書いた文章はそれなりに考えて書いているものなんです。
やっつけの読書感想文だって、何も考えないで書いたわけじゃないんですよ。

選んだ先生の好みに形成するための素材なら、誰かが意志を働かせたものを元にする必要はないと思います。
子どもを傀儡にして先生の文章を書きたかっただけなんじゃないでしょうか。
そんなもの、感想文じゃありません。

結局、もはや自分の物ではない内容の感想文が文集になって全校生徒の手に渡りました。
たいして誰も読まないから別にいいんですがね。

次の年、課題図書を読書感想文の本に選んだ私は、感想文で最優秀をとるために頑張ろうと思っていました。
(前の年適当にやろうと思っていたのは、図書券がもらえるとは知らなかったからw)
選んだのは「ビリー・ジョーの大地」という本。
これはちょっと衝撃的だったので感想文は意外にすらすら書けました。

そして、狙い通り最優秀賞獲得。
ちょっと贔屓目があったんじゃないかと疑っております(笑)
図書の先生が選考していたのですが、私先生と仲がよかったので…

そして、それが文集用に手直しされる際には、それほど手直しを迫られることはありませんでした。
誤字脱字を指摘される程度。
前年の私の頑なさが知れ渡っていたのかもしれません(笑)

何が言いたかったかというと、つまり、読書感想文の指導の仕方は考えた方がいいということです。
読書感想文書くこと自体私は疑問を感じますが、まあ一概に悪いとは言えないでしょう。
そのために本を読む機会が生まれるのも事実ですしね。

ただ、指導する側は、あくまで注意するのは間違った文法や、もっとわかりやすく書くためのアドバイスに留めるべきです。
「こう書くべきだ」という答えはないんですから。


うわあ、またなんか長いぞ!!!

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