イリーガル・マインド ・8・
グレイスとユイトを見送って、クロムがアイリスの手に目をやると、袋が目に入った。
「アイリス、それ買ってもらったのか?」
クロムはその袋を指差した。
「え?ああ、うん、そうだよ。あとね、これっ!」
アイリスはあわてて別の袋を取り出し、クロムの前に中身を取り出してみせる。
ころん、と音を立てて、鈍く光る何かが転がった。
「…シルバーのリング?男物じゃん」
自分のものを買ってもらいに行ったはずなのに、これはどう考えてもアイリスに似合う部類のアクセサリーではない。
不思議に思いアイリスに目を向けると、アイリスは照れたように笑う。
「これ、クロムに」
「おれに?何で?」
グレイスには男に物をただで買ってくれるような奴ではない。
どう考えてもおかしい、そうクロムが口にしようとすると、アイリスが続けた。
「あのね、グレイスの目を盗んで私が買ったの。なんか似合いそうだなって思って」
「ほんとに?」
人に何かを貰うという行為が、自分の人生の中には数少ないことだったので、クロムは戸惑いを感じた。
その沈黙を、アイリスは訝る。
「あれ~?嬉しくない?クロム、シルバーのアクセしてるから好きかなーって思ったんだけど」
確かに、クロムはシルバーのピアスを左耳に一つ、ブレスレットを右腕に一つ身につけていた。
今度はその洞察力に驚く。
「…いや、嬉しい。ありがとう」
やっとのことで笑顔を浮かべると、アイリスの顔がぱあっと華やいだ。
「うん、どういたしまして!」
トイレのドアを閉めると、どことなく薄暗い空間が広がる。
グレイスは、店内の光が全て遮られる前に、ライターの火をつけた。
「グレイス、僕は煙草が嫌いだ」
ユイトが静かに呟いた。
グレイスは一瞬瞳を上げると、薄く笑う。
「知ってるよ。一本ぐらい吸わせろ」
ユイトはそれにため息をつく。
「それで?クロムには話したのか?あのこと」
「話したよ。あまり乗り気ではなかったけどね」
「ふうん…アイリスちゃんのことは?」
「もちろん言ってないよ。言えば僕の身に危害が及びそうだったからね」
「…そうだな、クロムの奴、アイリスちゃんに結構入れ込んでるみたいだからな…
俺たちが、アイリスちゃんを狙ってる、なんて言って黙ってる訳ゃ無い、よな」
グレイスは、深く煙を吸い込んだ。
そして、再び口を開く。
「…アイリスちゃんは知ってると思うか?ウイルスのこと」
「…知っている筈だ。…だから、生かしては置けない」
グレイスが、無言で紫煙を吐き出す。
ユイトは、それを鋭い視線で射抜いた。
「グレイス」
「あん?」
「気が進まないんじゃないだろうね?」
グレイスは答えない。
沈黙がしばし横たわる。
ギイ、と音を立てて、グレイスがドアを開いた。
振り返ってユイトを見る。
「そろそろ、料理が来たんじゃないか?行こうぜ」
来た時と同じように、バタン、と音を立てて、ドアが閉まった。
ユイトは、その閉じられていくドアを見詰めていた。
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