イリーガル・マインド ・2・
人気の少ない路地を、クロムは未だ退屈そうに歩いていた。
「さーて、金も手に入ったし、なーにしようかなー…」
彼には一緒に住む家族はいない。
基本的に彼は根無し草である。
彼がこの街に居つくようになってから、数ヶ月が経っていた。
ストリートファイトで稼ぐ者の人口が一番多いとされる、ホワイト・バレイ・シティ。
その名のとおり谷底にあるこの街での法治は無きに等しい。
この街では風俗やカジノが主要な産業となっている。
そこで起こったトラブルからストリートファイトになだれ込むことも珍しいことではない。
クロムはその中でも、積極的にストリートファイトで稼ぎを得ていた。
自分から喧嘩を吹っかけることも多々ある。
今回も、「お兄さん弱そうだね~」などと挑発してストリートファイトに持ち込ませた。
クロム・ルザートという少年は、その繊細な体躯からは想像も出来ないほどの力と技を持っている。
ここでクロムのような年の頃の少年がストリートファイトのみで生きていこうとすれば、いずれ命を落としかねないが、クロムを知るもの、そしてクロム自身も、その懸念は露ほども持っていない。
「なんか疲れたし…宿にでも戻るか…」
クロムは、何かに疲れたような目をしてそう呟くと、しばらく根城にしている宿屋へと足を向けた。
ばしゃ、ばしゃばしゃ、…
何かが駆けてくるような音に気付いたのは、そのときだった。
どん!
なにかの衝撃が彼の腕に当たり、跳ね返った。
「うわ!?」
「ひぁ!?はぁっ、はぁっ、ご、ごめんなさい!…ん?」
突然ぶつかってきたもの。
それは女の子だった。
よろめいた体勢を立て直すや否や、彼女は黙りこくってしまった。
つやめくキャラメル色の髪。
あわせたような瞳の色。
顔のつくりは可愛い…かなり可愛い顔をしていた。
年の頃は多く見積もってもローティーンといったところだ。
「………」
その瞳が、クロムをじっと見詰めている。
「……えーと…俺の顔に何かついてる?」
沈黙に耐え切れなくなったクロムが彼女に聞いてみる。
「…あっ、いやあの、ううん、違うの。あの…間違ってたらごめんね?」
「うん。何?」
「クロム…ルザート…」
「はい、まさしく俺の名前」
「やっぱり!茶髪に赤い瞳…。噂で聞いたよ。すっごい強いんだってね!」
「…俺、そんなに有名なの?」
先ほどのしてきた男の言葉を思い出して、クロムは不審がって訊ねる。
それほど目立つようなことはしていない筈だ。
たとえ、これほど若いながらも此処で生きていけているという特異性があったとしても。
しかし、彼女からの返答は実にあっさりしていた。
「ううん。別に」
「オイι」
即答かよ、と内心毒づきながら苦笑してみる。
「でもね、私は会ってみたいなーと思ってたんだ。この街で生きていけるほどの強さの、同じくらいの男の子に」
「…で?どーでした?あってみての感想は。予想通りのイケメン?(笑)」
「あはは!うん、イケメンイケメン!結構かっこいいんだねっ!…でも、予想とは全然違ったよ~」
「どんな予想してたの?」
「うーんとね、筋肉ムキムキでごっついの!」
「ぶっ、マジで!?」
「うん。違ってて良かった~」
「そりゃそうだな。ってか良くそれで会いたいなんて思ったな」
「う~ん、怖いものみたさってやつ?」
上目遣いでおどけてみせる彼女を見ると、思わず笑いがこみ上げてきてしまう。
くっくっと笑いながら、クロムは彼女を見やる。
「あんた、面白いな~、名前は?」
「あぁ、まだ言ってなかったね。私はアイリス。アイリス・ウィッシュハートだよ。よろしく、クロム」
さも当然のように差し出された彼女の手。
クロムは、少し躊躇いながらもその手を握った。
「あぁ、よろしく」
その手は、じんわりと暖かく、クロムの胸を微かに締め付けた。
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