イリーガル・マインド ・1・
深々と神聖なる雪が降り積もる夕暮れ。
レンガ造りの町並みの中で響くのは、人々の話し声や靴音だけであった。
しかし、裏路地に入ると雰囲気は一変する。
なんともうらぶれた暗い路地。
そこは「負けた相手の金は自分のものに出来る」という暗黙のルールによって成り立っている、ストリートファイトを生業とする者たちのたまり場と化していた。
聞こえるのは喧騒。
乾いた暴力の音。
人が崩れ落ちる、音。
今しがた倒したそこそこ体格のいい、スキンヘッドの男を見下ろして、少年が溜息をついた。
「はぁぁ~っ、ったく弱ぇなぁ!もっとマジにかかって来いっつーの!…さてと…」
少年はルールに則り、相手の持っている現金を物色し始めた。
その間も、悪態をつくことは忘れない。
「お、あったあった。んー、あんまり趣味のいい財布とは言えねーな。1、2、3、4、5、6…ま、中身はそれなり、かな。サンキュなっ」
そのまま立ち去ろうとする少年を、やっと気がついた男が苦しげに呼び止める。
「待て、貴様…クロム・ルザートとかいうガキ、か?」
その名を聞いた途端、少年は立ち止まった。
振り返るその瞳には、さっきまでのふざけた色はない。
どこまでも玲瓏な瞳を向けてその男を見据えると、再びふざけた口調で男に言葉を返した。
「…ああ、そうだよー?なんで知ってんの?」
「フン、この街で貴様ぐらいのガキがストリートファイトで食っていけるっつーのは異例なんだよ…知ってんだろ?この街の評判は」
「あーそっか。なーるほど?んじゃま、あんた早いとこ診療所行ったほうがいいよ~。痛そうだもんね、此処の傷」
クロム、と呼ばれた少年は、倒れたままの男の足についた傷…さっきクロムが転ばせた際に落ちていたガラス片で派手に切ったもので、クロムは計算づくだった…を軽く触れる。
男は苦しげにうめき声を上げた。
「ばい菌入って化膿しちゃう前に行くことをお勧めしますよ」
人差し指を立てて、偉そうに言うと、満足したのかクロムはその場を立ち去った。
残された男が、暗い路地で身体を起こしてひとりごちる。
「…あんなガキが…この街で無事に生きていられること自体、異例なんだがな…」
男はそんな自分の声に自嘲の笑みを零し、あの少年…クロム・ルザートの忠告に従うべく、痛む足を引きずって立ち上がった。
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